導入のきっかけ
CCCが目指す書籍流通改革
課題は膨大なデータ量ゆえに自動化が難しかった「返品率の低減」
カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(略称: CCC)では、利益ある書店づくりを実現し、流通や出版社と共に業界全体の収益改善に向けた挑戦を続けています。小売業やメーカー企業の「廃棄率」に通じる問題かと思いますが、「返品率」をいかに低減できるかは出版業界にとって大きな課題です。出版業界では年間約7万タイトルが発行される「新刊書籍」の約3割ほどが返品されているのが現状です。
CCCでは、自社保有のデータを活用して個店ごとの売れ行きを予測し、適正な部数を自動発注するシステムの開発に着手していました。一方で、自社内のリソースだけで開発を行うことが困難であると感じていました。自動発注システムの実現に向けて、人・商品・店舗に関する、社内で分断された膨大なデータを統合するベストな手法とは何なのか。また、AIによって個々の店舗別に最適化された需要予測を実現するための、パーソナライズ技術をどのように実装するかに頭を悩ませていました。
そのタイミングで、フライウィール社から「Conata(コナタ)™」に関するお話をいただきました。話を聞く限り、Conata(コナタ)™は、点在する膨大なデータ群を連携させ、独自のオントロジー技術により作り上げたデジタルツイン上で、AIによる需要予測ができる点が魅力的でした。また、スタートアップのフライウィールとの協業では、ウォーターフォール型の社内開発に新しい手法を取り入れたい思いがありました。今回フライウィール社から提案いただいたアジャイル手法を採用することで、いち早く結果を実証し、パーソナライズの精度をスピーディーに改良できることを期待しました。
どんなことを実施したか?
POSシステムのデータのみで開始可能
大規模データを活用しConata™ Demand Plannerで需要予測とAI自動発注を実現
我々の最終ゴールは、複数の発注システムを一つに集約させた「自動発注が可能な発注基幹システム」の完成です。指標となる返品率の改善に向けては、まず新刊や既刊書誌の発注内容を整備するために、AIによる需要予測が必要となります。さらに、店頭書棚における品揃えの最適化までを網羅できるシステムを開発し、全国店舗へと展開できることを目標としました。
以前から何度もトライしていましたが、データの視点から解決方法を模索する必要があったため、データ活用の専門企業であるフライウィールには改めて要件定義の工程から参加してもらいました。
フライウィールの需要管理サービス「Conata™ Demand Planner」は、POSシステムのデータを提供するだけで利用を開始することが可能で、商品別かつ店舗別の適正在庫をAIを通じてタイムリーに算出し、日々の発注内容を策定できます。
CCCでは、全国のTSUTAYA約800店舗のPOSデータに加えて、会員の約7,000万IDデータを活用* し、来店者に応じた品揃え最適化までも個店単位でカバーするシステム開発に着手しました。
(* セキュリティ上、厳重に管理された環境のもとマーケティング分析を行い、分析結果には個人を特定できる情報は含まれません)
Conataには、各データの関連性を抽出できる独自のオントロジー技術が搭載されています。その技術を通じて、人の思考では結びつかない書誌・人・書店間の関連づけなど、新しいインサイトを得ることができます。データの可視化を通じて人の目で関連性を理解することができるため、納得感を持ってプロジェクトを進められるのも大きな特徴です。
独自のオントロジー技術や検索技術によって、需要予測に必要な大規模データを、セミリアルタイムに処理することが可能になりました。加えて、現場がデータの確認や発注作業を行えるWebアプリ(管理コンソール)もフライウィールに開発してもらいました。そのコンソールでは、需要予測により自動的に算出された、適性な在庫数や納品予定数がタイムリーに反映されるため、全国の個店が予測値を参照しながら、より精度の高い発注を行うことができます。
導入後の効果
実売率が約20%ほど改善、店舗ごとの最適な品揃えと
適正在庫管理の実現で、小売における課題改善に挑む
Conataの導入では、事前の準備なしに社内データをそのままフライウィールに提供するだけで、どのデータをどう活用するか、また課題解決のボトルネックは何かを特定してくれました。フライウィールは商用化に向けたプロセスや分析手法を把握していたため、着手しやすい範囲から概念実証(PoC)を開始できました。
PoCでは、初回配本後に追加で配本を行う「追加発注」に焦点を当てました。その追加発注にAIによる需要予測を適用することで、発注内容と販売実績を評価する実売率(販売業へ出荷されたうち実際に売れた本の割合)が約20%* ほど改善しました。 また、予測精度を示すMAE(予測値と正解値の差)が約30%以上改善され、返品率の引き下げが大きく期待できる結果となりました。従来、店舗の発注担当者が豊富な販売経験から売れ筋の書籍リストを予測し、発注業務に活かしていました。Conata ではAIがシミュレーションを通じて同等以上の予測を実現できています。発注担当者が自身の知見では売れそうだと気づかなかった書籍を含めて、AIが事前におすすめとして対象書籍及び発注数を提案することが、品揃えの改善と発注業務の軽減につながっています。
(* 導入後2022年7月から8月の実績値を評価)
2022年6月からTSUTAYA全店において新発注システムの導入と共に自動発注が開始されました。また10月からは、本部の調達担当が独自に選書する全国一律の推奨在庫に加えて、AIのレコメンドエンジンを用いた店舗別の選書を融合することが可能になります。自動化を推進したことで、データをリアルタイム性をもって活用しながら、個々の店舗に合わせて最適な品揃えと適正在庫を提案していきます。
これからも需要予測や発注オペレーションの効率化を推進し、より重要な業務である店舗づくりへと人的リソースを集中させていきます。そのためにも、返品率だけでなく、欠品率、実売率、在庫回転率、過剰在庫率といった様々な指標をモニタリングします。指標の改善に向けては、基幹システム内での機能アップグレードを継続して推進します。
お客様からのコメント
店舗の返品率低減は人的リソースとコスト面での大きな改革
スーパーマーケットやドラッグストアなどの他業種でも活用いただきたい
今回のプロジェクトの背景をお聞かせください
出版流通において、返品率を含めた業界課題が一向に変わっていないことに切実な思いがありました。例えば、ヨーロッパにおいては買切契約を含めた返品率は10%以下に抑えられており、結果、日本と比べて粗利率で1.5から2倍くらいの開きが出ています。TSUTAYAでは、レンタル事業における基幹システムをウォーターフォール型で開発した経験があります。しかし、ウォーターフォール型の開発スタイルでは状況に応じた変更へのお金も時間もかかり、書籍においてどう対応するべきかは考えどころでした。
なぜフライウィールを選んだのでしょうか?
すでに開発が進んでいたものの、約7,000万ものIDや450万もの書誌といった膨大なデータ量を、クラスタリングで対応するのが困難だと感じていました。フライウィールのオントロジー技術を使ったデータの可視化や意味付けなどから、より細かく深くデータ活用を推進できる可能性を感じました。また、データドリブンで進めるアジャイル開発は、予め決まったものをつくるのではなく、課題解決に必要な計画と施策をクイックに積み重ねられる点が魅力的でした。
今回の取り組みで感じたフライウィールのサポート体制はいかがでしたか?
フライウィールの開発チームはコミュニケーションをとても重視していて、レスポンスが非常に早く、高頻度かつ密度も高い実感があります。開発における「対話」は、大切なポイントだと認識しています。また、全国一律の基準でしか最適化されていなかった品揃えが、データ活用によって地域や個店単位で実現できる手法を知ることもできました。
今回のプロジェクトに関して、現場からの声や感想などはありましたか?
書店における店舗業務の30%が発注関連だと言われています。発注、荷開け、品出し、そして返品に至る工程で、余計な業務を圧縮できる目途が立ったことが歓迎されています。書店員の知見に依存していた発注や品揃えに、AIを新たに組み込んでいくことは、直営店舗におけるPoCの実績への信頼もあり、納得感があるようです。
今後フライウィールとどのようなことに取り組んでいきたいですか?
購買者の嗜好性が多岐にわたる出版業界では、扱う書籍も多品種に渡ります。膨大な書籍データでの成功実績は、TSUTAYAで取り扱う文具や雑貨など、他の商材にも展開できると考えています。小売業界においては、発注業務に同様の課題を抱えるケースは多いのではないでしょうか。スーパーマーケットやドラッグストアなど、他業態においても同じスキームが活用できそうな感触があります。
掲載日: 2022年9月15日